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4/9(土)
7日の地震でエレベータが止まった。8日に復旧せず迎えた9日は、廃品回収日。
うちはマンションで、エレベータホールに新聞や雑誌などを置いておくと子供たちが1階まで運んでくれるようになっています。
が、エレベータは動いておらず。使えるのは階段のみ。しかも子供の数は少ないとあっては、大人が動かないわけにもいかない。
やりましたよ、7階往復。5,6回以上は往復したかな(10回はいってないと思う。数えている余裕無かった)
おかげで太ももは筋肉痛。足上がりません。
動くのやだーとダラダラしてたら、1日終わった。
4/10(日)
日帰り温泉に行って参りましたvv
温泉地が近いととっても便利ですね。
現在うちの地区はまだガスが復旧してません。
電気水道は震災後3日で復旧したのですが、ガスだけがまだなのです。
日々、ガス局のHPをチェックしているのですがうちの地区の名前が載りません。
いったいいつになったら復旧するのかと指折り数える日々。
当然ながらお風呂には入れず。
オール電化かプロパンのお宅にお風呂を借りるか、レンジでチンしたホットタオルで身体を拭くしか方法はないわけです。
震災から1ヶ月ですが、その間お風呂に入れたのは今回で3回目。
1回目は、3/19。
家の近くのお風呂屋さんが開いているという噂を聞いて行ってみたら、長蛇の列。数日前から痛めた腰をさすりながら待つこと・・・4時間半。何度帰ろうかと思ったことか。
陽はどっぷり暮れるし、寒いし、腰は痛いし。ようやく入ったお風呂は人数多くて芋洗い状態で、しかも温度が低くて、のんびり浸かれなかった。
最終的には行って帰ってくるまでに5時間かかってます(片道15分くらいの位置にあるお風呂屋さん)
新幹線なら東京-仙台間を余裕で往復できる・・・orz
でも久しぶりに入ったお風呂は気持ちよかった。幸せ感じました。
2回目は、4/3(日)
鳴子温泉行ってきました。
時間帯が良かったのか、人が少なくてのびのびゆっくりと浸かれたのです。
ここでもお風呂最高ーっと叫んで帰ってきました。
3回目は、本日4/10(日)
1週間後ですが、この頻度で入れいるだけ幸せ者でしょう。
また鳴子温泉に行ったのですが、そこで東京・埼玉・京都と書かれたパトカーがずらり。警察の方がお泊まりされているようです。
今回の震災では、警察、消防、自衛隊、そしてボランティアで来て下さったたくさんの方々に助けられました。
本当にありがたいことです。
人の優しさが身に染みます。
いつか何かで誰かにお返しできたらいいなぁ。
そうして明日からまた仕事。
部屋はやっぱり片づいてません。来週有給ぶんどって、週末から模様替え敢行してやる。
新しい本棚はしばしお預け。また壊れたらかなわないもんね。
今週こそガス復旧してくれることを願います。
頑張って下さい!仙台市ガス局さん。
7日の地震でエレベータが止まった。8日に復旧せず迎えた9日は、廃品回収日。
うちはマンションで、エレベータホールに新聞や雑誌などを置いておくと子供たちが1階まで運んでくれるようになっています。
が、エレベータは動いておらず。使えるのは階段のみ。しかも子供の数は少ないとあっては、大人が動かないわけにもいかない。
やりましたよ、7階往復。5,6回以上は往復したかな(10回はいってないと思う。数えている余裕無かった)
おかげで太ももは筋肉痛。足上がりません。
動くのやだーとダラダラしてたら、1日終わった。
4/10(日)
日帰り温泉に行って参りましたvv
温泉地が近いととっても便利ですね。
現在うちの地区はまだガスが復旧してません。
電気水道は震災後3日で復旧したのですが、ガスだけがまだなのです。
日々、ガス局のHPをチェックしているのですがうちの地区の名前が載りません。
いったいいつになったら復旧するのかと指折り数える日々。
当然ながらお風呂には入れず。
オール電化かプロパンのお宅にお風呂を借りるか、レンジでチンしたホットタオルで身体を拭くしか方法はないわけです。
震災から1ヶ月ですが、その間お風呂に入れたのは今回で3回目。
1回目は、3/19。
家の近くのお風呂屋さんが開いているという噂を聞いて行ってみたら、長蛇の列。数日前から痛めた腰をさすりながら待つこと・・・4時間半。何度帰ろうかと思ったことか。
陽はどっぷり暮れるし、寒いし、腰は痛いし。ようやく入ったお風呂は人数多くて芋洗い状態で、しかも温度が低くて、のんびり浸かれなかった。
最終的には行って帰ってくるまでに5時間かかってます(片道15分くらいの位置にあるお風呂屋さん)
新幹線なら東京-仙台間を余裕で往復できる・・・orz
でも久しぶりに入ったお風呂は気持ちよかった。幸せ感じました。
2回目は、4/3(日)
鳴子温泉行ってきました。
時間帯が良かったのか、人が少なくてのびのびゆっくりと浸かれたのです。
ここでもお風呂最高ーっと叫んで帰ってきました。
3回目は、本日4/10(日)
1週間後ですが、この頻度で入れいるだけ幸せ者でしょう。
また鳴子温泉に行ったのですが、そこで東京・埼玉・京都と書かれたパトカーがずらり。警察の方がお泊まりされているようです。
今回の震災では、警察、消防、自衛隊、そしてボランティアで来て下さったたくさんの方々に助けられました。
本当にありがたいことです。
人の優しさが身に染みます。
いつか何かで誰かにお返しできたらいいなぁ。
そうして明日からまた仕事。
部屋はやっぱり片づいてません。来週有給ぶんどって、週末から模様替え敢行してやる。
新しい本棚はしばしお預け。また壊れたらかなわないもんね。
今週こそガス復旧してくれることを願います。
頑張って下さい!仙台市ガス局さん。
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4月7日(木) 23時32分
いきなりドンっと下から振動が来たかと思うと、グラグラと揺れ始めた。
3月11日のあの日から余震は頻繁で、慣れてきたせいか揺れが大きくなりそうな時は何となく分かるようになりました。
この時も、「あ、やばそう」と思って、パソコン机から離れて背後のタンスと本棚を押さえてみた。
この2つが倒れると逃げ道ふさがれるのです。
そういう場合はさっさと逃げろと言われそうですが、本の雪崩が発生すると片付けが大変だと言うことが前回の地震で嫌と言うほど分かったので、まずそこを押さえる癖がつきました。それで地震が収まれば良し。
発表された震度を見れば分かると思いますが、当然そんな優しい地震ではなく、手で押さえていても押し返され、部屋の電気が一瞬消え、本気でヤバイと慌てて部屋を飛び出した。
居間と廊下を隔てるドアは、すぐ近くにあった戸棚から荷物が落下しドアが開かず。でも中には父と弟がいたので、揺れている中、荷物をかき分けドアを開く。
その頃になると揺れはあらかた収まり、目の前には約1ヶ月まえのような光景が広がっていた。
ワイヤーで止めていたTVは床に落ち、電話もレンジも植木鉢も絨毯の上に転がり、ようやく揃えた食器は半分以上割れ、冷蔵庫はドアを開いたまま大きく前に出てました。
そして部屋に戻ってみれば、見事なほど本の雪崩れ。
タンスは斜めに傾き、前回ちょこっと壊れていた本棚は見事に壊れてた・・・Σ( ̄ロ ̄lll)
でも自分を褒めるとすれば、あの揺れの中とっさにパソコンの電源を切ったことと、机から落ちないようにしたことくらいだろうか。
正直、1ヶ月中に2度の大掃除は勘弁して欲しい。
まぁ、嘆いたところで部屋が元通りになるわけではなく、崩れた本はベットの上に積み、僅かだけどスペースを広げる。あとは土日で片付けようとまずは居間に行き、そこの片付けをする。寝るスペースを確保しないといけないですからね。
ニュースで流れた地震情報。
思いっきり震度6強の地区でした。
そうか、あれは6なのかと納得。11日の地震も6だったけど、揺れ方は今回の方がひどかったし怖かった。
しばらく足の震えが止まらなかったほどです。
でも怖いと同時に、ちょっとホッとした部分もありました。
なぜかと言えば、この地震が30年以内に99%の確率で起こる宮城県沖地震の可能性があると、東北大学の教授が言っていたからだ。
大きな余震は半年後や1年後に来る可能性があるとは言いますが、いつかまた来るかもしれないと思いながら生活するのと、よし終わったと思って今後生活するのでは、気持ちの持ちようが全然違いますからね。
家族全員で、「よし、来た」と思いながら午前4時半就寝。数時間後には会社へ行かねばならないですから。
そして翌日。
ニュースで流れていたのは、3/11の余震ですというあっさりしたコメント。ショックだった。
震度6の余震って何さ。
ヒビがすごかった会社の建物。今回の揺れでとどめになったかと恐々としながら行ったけれど、拍子抜けするほど何とも無かった。
地震あったっけと言うほど、あっさりした日常でした。
でも地震があったという証拠は、片付いていない私の部屋ととてつもない寝不足状態と、たぶん本が直撃してたと思われる右足の鈍い痛みである。
それにしても弟よ。
東京から1日だけ様子見に来たのに、いきなり地震に遭遇って・・・運悪すぎだよ。
いきなりドンっと下から振動が来たかと思うと、グラグラと揺れ始めた。
3月11日のあの日から余震は頻繁で、慣れてきたせいか揺れが大きくなりそうな時は何となく分かるようになりました。
この時も、「あ、やばそう」と思って、パソコン机から離れて背後のタンスと本棚を押さえてみた。
この2つが倒れると逃げ道ふさがれるのです。
そういう場合はさっさと逃げろと言われそうですが、本の雪崩が発生すると片付けが大変だと言うことが前回の地震で嫌と言うほど分かったので、まずそこを押さえる癖がつきました。それで地震が収まれば良し。
発表された震度を見れば分かると思いますが、当然そんな優しい地震ではなく、手で押さえていても押し返され、部屋の電気が一瞬消え、本気でヤバイと慌てて部屋を飛び出した。
居間と廊下を隔てるドアは、すぐ近くにあった戸棚から荷物が落下しドアが開かず。でも中には父と弟がいたので、揺れている中、荷物をかき分けドアを開く。
その頃になると揺れはあらかた収まり、目の前には約1ヶ月まえのような光景が広がっていた。
ワイヤーで止めていたTVは床に落ち、電話もレンジも植木鉢も絨毯の上に転がり、ようやく揃えた食器は半分以上割れ、冷蔵庫はドアを開いたまま大きく前に出てました。
そして部屋に戻ってみれば、見事なほど本の雪崩れ。
タンスは斜めに傾き、前回ちょこっと壊れていた本棚は見事に壊れてた・・・Σ( ̄ロ ̄lll)
でも自分を褒めるとすれば、あの揺れの中とっさにパソコンの電源を切ったことと、机から落ちないようにしたことくらいだろうか。
正直、1ヶ月中に2度の大掃除は勘弁して欲しい。
まぁ、嘆いたところで部屋が元通りになるわけではなく、崩れた本はベットの上に積み、僅かだけどスペースを広げる。あとは土日で片付けようとまずは居間に行き、そこの片付けをする。寝るスペースを確保しないといけないですからね。
ニュースで流れた地震情報。
思いっきり震度6強の地区でした。
そうか、あれは6なのかと納得。11日の地震も6だったけど、揺れ方は今回の方がひどかったし怖かった。
しばらく足の震えが止まらなかったほどです。
でも怖いと同時に、ちょっとホッとした部分もありました。
なぜかと言えば、この地震が30年以内に99%の確率で起こる宮城県沖地震の可能性があると、東北大学の教授が言っていたからだ。
大きな余震は半年後や1年後に来る可能性があるとは言いますが、いつかまた来るかもしれないと思いながら生活するのと、よし終わったと思って今後生活するのでは、気持ちの持ちようが全然違いますからね。
家族全員で、「よし、来た」と思いながら午前4時半就寝。数時間後には会社へ行かねばならないですから。
そして翌日。
ニュースで流れていたのは、3/11の余震ですというあっさりしたコメント。ショックだった。
震度6の余震って何さ。
ヒビがすごかった会社の建物。今回の揺れでとどめになったかと恐々としながら行ったけれど、拍子抜けするほど何とも無かった。
地震あったっけと言うほど、あっさりした日常でした。
でも地震があったという証拠は、片付いていない私の部屋ととてつもない寝不足状態と、たぶん本が直撃してたと思われる右足の鈍い痛みである。
それにしても弟よ。
東京から1日だけ様子見に来たのに、いきなり地震に遭遇って・・・運悪すぎだよ。
今日は誕生日でした。
父にコーヒーを淹れてもらい
母にケーキを貰い
姉に”おめでとう”の言葉を貰った
今更誕生日なんてと思うけれど、祝われるとやっぱり嬉しいです。
でも一番幸せで嬉しいと思うのは、家族全員で1つの食卓を囲み、冗談言ったり喧嘩できること。
私は幸せ者です。
会社帰り。
帰りが遅くならない限り、通りには煌々と灯るお店の明かりがあった。
3週間前の地震から、その光景を見ることはできない。
朝開いていても、夜になれば閉店してしまう。
帰りにちょっと寄ってみようかとしても思っても、暗い店に迎えられる。
それが今日、たった一軒のコンビニが開いていた。
暗い道で光を放つコンビニがあったのだ。
店内を外から覗くと、棚は8割くらい空だったけれど、お店を開けていられるだけの商品が入荷し始めたようである。
些細なことだけど、少しずつ元に戻り始めているのを感じて嬉しくなった。
帰りが遅くならない限り、通りには煌々と灯るお店の明かりがあった。
3週間前の地震から、その光景を見ることはできない。
朝開いていても、夜になれば閉店してしまう。
帰りにちょっと寄ってみようかとしても思っても、暗い店に迎えられる。
それが今日、たった一軒のコンビニが開いていた。
暗い道で光を放つコンビニがあったのだ。
店内を外から覗くと、棚は8割くらい空だったけれど、お店を開けていられるだけの商品が入荷し始めたようである。
些細なことだけど、少しずつ元に戻り始めているのを感じて嬉しくなった。

